よく知られているのは、運動をすると脳が喜ぶことです。しばらく運動するとエンドルフィンが分泌され、コルチゾールのレベルが下がり、セロトニンの分泌にも寄与します。
仕事や人間関係で頭を悩ませているとき、しっかりめに運動をすると、状況は何も変わっていないのにたいていの場合はスッキリします。運動には、抗うつ剤と同等以上の効果があるとも言われています(Dunn et al., 2005)。
こういう話をすると、運動が嫌いな人は(私もそうでした)、こう考えるかもしれません。エンドルフィン?お酒や甘いもの、タバコでいいじゃない。コルチゾール?セロトニン?リラックスして、睡眠を取ればいいじゃない。
私はそれでは不足だと解釈しています。大切なのは、本能がこの状況、ストレスの高まりと運動前後の状況を総合的にどう捉えているのか、を理解することです。
脳は運動をどう捉えているのか
悩みにどっぷり浸かって頭が痛い状態は、コルチゾールが慢性的に高い状態です。コルチゾールは本能的な「マズい」という感覚で、不安を高め、一念発起させる役割を持っています。
運動すると、アドレナリンが出て、心拍数が上がり、コルチゾールもさらに上がって、これがしばらく続きます。これは本能から見れば、「極めて危機的な状況」です。つまり、今何か危険があって、それと戦っているか、逃げているのだ、という解釈です。
とはいえ、私たちはマンモスやサーベルタイガーと戦うことはもうありません。私たちは運動して、運動の後は脅威に晒されることはなく、安全な状態に移行します。
本能から見てこの生理的なパターンがどう解釈されるかを考えてみると、「超ヤバい→不安が限界まで高まった→(不安を振り切って)全力で行動した→死んでない→今はもう生き延びて安全だ」と認識していると推測できます。
次に脳がやることは、行動を促すのをいったんやめ、体を安心と回復のモードにシフトさせること、そして、この素晴らしいパターンを学習させるためにごほうびを出すことです。つまり、コルチゾールが下がり、セロトニンが出て、エンドルフィンやドーパミンが出ます。
私たちは不安から解放されスッキリした気持ちになり、疲れと共に安心とリラックスを感じ、よく眠れるようになります。不安から行動を起こし、ただ単に「生存した」だけのことで、その一連の流れによって「自信」がつきます。この生存は文字通りの肉体的な生存であり、社会的、経済的な話ではありません。
これが甘いものを食べて寝ることでは解決できない、という考えも自然に伝わるのではないかと思います。
頭脳労働のストレスは自然に減らない
私たちのようなオフィスワーカーは、起きている時間のほとんどの間、脳ばかりを酷使します。コントロールできない多くの避けられない要素に対処する必要があり、時に無力感を感じることもあります。特に内省的で生真面目な人がマネージャーのような仕事をしていると、良い成果につながる一方、代償としてかなり大きな精神的な負荷を受け取ります。
このホワイトカラーの世界には、体を動かすこと、つまり本能から見た「行動」はありません。何か判断をしたからといって、すぐに成果は出ませんし、正しい判断をしたとしても必ずしも成果につながるとは限りません。
脳を使う、ストレスが溜まる、慢性的にストレスが蓄積される、行動がない、報酬が得られない。これは完全に認知の世界に閉じたアクティビティです。本能と肉体がありません。
認知の世界だけでストレスを解消することは困難です。本能的に行動だとみなされる要素がなく、かつ、報酬も長期的にしか得られないからです。(本能は行動と報酬の関係を短期的にしか結び付けられません。)
つまり頭脳労働のストレスを頭脳労働の成果に求めるようなやり方は、ストレスの解消の主要な手段を放棄して、なおかつ運任せにすることです。これは本能が健全に機能する機会を失わせる状況を生んでいます。
だから運動の代わりの何かではなく、運動そのものをおすすめします。
自分に合った運動を自分でデザインする能力
ここまでの材料を背景におけば、どのような運動をすればいいのかはわかってくると思います。
原則的には、一般的に言われているような「心拍数が上がるような運動」、さらに言えば「戦闘や逃走に近い運動」です。ランニングやHIITのようなものが理想的だとは思います。
自分にあったものを選ぶことができます。例えば、都心部通勤で通勤の負荷が高い場合は、頻繁にジムに通うのは難しいかもしれません。生活の中で無理なくできる運動を探す必要があります。自分の好みや、その他の希望と合わせることも合理的です。
ジムの準備が大変で、買い物や街歩きが好きなら、早足で長距離歩き回ってもいいでしょう。さすがにそれだけでは足りないと思うので、たまにランニングや筋トレなどを入れるといいと思います。シャドーボクシングやダンス、筋トレも十分に効果があると思います。たまには、少しペースを落とした長時間の運動を取り入れてください。外見を改善したいと思うなら、筋トレは一石二鳥の選択肢です。ダンスもリズムを活かしたストレス解消と一石二鳥ですし、ダンスの内容が専門的で高度なものである必要はないということも察しがつくと思います。
そもそも、脳や体は刺激に慣れるので、運動も種類を変えながら、柔軟にデザインできる必要があります。だから、なぜ運動が効果的なのか、そこにある原則が何なのかを考えてみてほしいのです。